医者の卵🥚の日常

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2000年代最強助っ人~打者編~ その2

 さぁ、今回は前回の続きですが、2000年代最強助っ人~打者編~ を紹介していきましょう!

 

 

オリックス(2002)→日本ハム(2004~2007)

→楽天(2008~2009)→オリックス(2010)

 

フェルナンド•セギノール選手

 

 セギノール選手と言えば、スイッチヒッターで、右打席でも左打席でもホームランをかっ飛ばす器用な打者!というイメージです。実際、2002年のオリックス時代にはシーズンに3度、左右両打席ホームランを放っています。彼の全盛期といえばやはり、日本ハム時代でしょう。2004年の成績は 44本塁打 108打点 .305でした(この年本塁打王を獲得)。こんなスイッチヒッターがいたら怖いですね本当に。左投手を当てても右投手を当てても打たれるのですから。

 

 

 

日本ハム(1999~2002,2004~2005)

 

シャーマン•オバンドー選手

 

 彼の有名なシーンといえば、2000年に西武ドームで放った特大ホームランの球が、バックスクリーン横のカメラマンのカメラに直接ぶつかり、そのカメラがぶっ壊れたシーンですね。広角に打ち分ける技術も持ちながら、特大ホームランも放つ強打者でした。2000年には107試合の出場ながら、30本塁打 101打点 .332の成績を残しています。

 

 

ロッテ(1999~2002)

 

フランク•ボーリック選手

 

 ボーリック選手もまた、スイッチヒッターでした。彼の特徴としては極端なオープンスタンスで、その打ち方がとても鮮明に私の記憶に残っています。ロッテの4番を任されていた打者であり、2000年には102打点、2001年には101打点で、2001年は本塁打数も31とホームランも打てるスイッチヒッターでした。

 

 

横浜(2003~2004)→中日(2005~2008)

 

タイロン•ウッズ選手

 

 タイロン•ウッズ選手は2000年代の助っ人外国人の中で唯一入団から退団で大活躍し続けた選手でしょう。彼はなんと入団初年から40本塁打を放ち、本塁打王を獲得。翌年も45本放ち、本塁打王を獲得。2006年にも本塁打王を獲得。日本在籍6年間で 本塁打数が240本、打点が616打点、打率が.289 •••とてつもない成績です笑 右にも左にもホームランをかっ飛ばす強烈な打者でした。

 あとウッズ選手の有名な乱闘エピソードとして、2005年、ヤクルトの藤井投手が投げた球が顔付近に来たため、藤井投手の顔面を殴ったシーンが印象的です。(これは藤井投手が舌を出してしまったことが挑発行為だとウッズ選手はとらえたようです。しかし、この事件の後、両者はきちんと和解しています。)

 

 

近鉄(1996~2003)→巨人(2004~2005)

→オリックス(2007~2009)

 

タフィ•ローズ選手

 

 タフィ•ローズ選手です。もう彼もすごい打者です。日本プロ野球で通算400本塁打を超えている唯一の外国人助っ人であり、日本人プレーヤーを合わせても総本塁打数は歴代13位の数字です。彼の打ち方は独特でした。上段の位置にバットを構え、バットをフリフリしてボールが来るのを待つ。そして足はただあげるだけ。それなのに変化球の対応が凄くうまく、フォークボールでも楽々スタンドまで持っていっていました。インハイが唯一苦手ゾーンだったかなと思います。本塁打王を4回(1999年、2001年,2003年、2004年)打点王を3回 (1999年,2002年、2008年)獲得しています。13年間で稼いだ本塁打数は464本、打点は1269点、打率は.286でした。55本塁打を放った2001年にはMVPも獲得しています。

 

 

 

  まだまだ紹介したい選手もいるので、また次回紹介していきます!!