医者の卵🥚の日常

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2000年代最強助っ人~打者編~その3

 今回は 2000年代最強助っ人~打者編~その3 を紹介していこうと思います。

 

 

まずはこちら!

 

中日(1989~1997)→阪神(1998~2000)

→中日(2001~2002)

 

大豊泰昭選手

 

 私の知っている大豊選手は阪神時代からですが、彼の特徴はこの独特の構え方と足の上げ方です。私はその頃幼稚園児でしたが、記憶に残っています。プロ14年間で277本塁打を放ちました。1994年には38本塁打、107打点を挙げ、本塁打王•打点王のタイトルを獲得しました。大豊選手の一本足打法は彼が尊敬する王貞治さんを真似たものです。中日時代の入団時も王さんの年間最多本塁打数の55を背番号につけていました。2015年、白血病のため亡くなりました。51歳の若さでした。

 

 

西武(2001~2007)→オリックス(2008~2010)

→ソフトバンク(2011~2012)

 

アレックス•カブレラ選手

 

 カブレラ選手の打ち方の特徴としては、構える前に大きく背中を後ろに反る動きでしょう。中田翔選手もカブレラ選手を模倣した動きをしていました。カブレラ選手は西武時代の7年間で通算273本塁打を放ちました。(日本通算は357本塁打)   2002年には128試合の出場ながら55本塁打を放ち本塁打王を獲得しています。(この年2002年はMVPを獲得)   日本通算打率も.303と非常に高い打率をほこっています。 カブレラ選手の腕の太さは当時の私の太ももくらいの大きさがありました笑 そりゃあんな簡単にホームランを打てるわと思います•••

 

 

(番外編)

 

強肩部門:

 

中日(2003~2006)→広島(2007~2008)

 

アレックス•オチョア選手

 

 アレックス選手の魅力といえば、レーザービーム! 外野から矢のような送球がホームまで返ってきました。その頃の中日外野手は、英智、アレックス、福留、と強肩三人衆でしたので、浅いヒットでセカンドランナーがホームまで帰ってくるのは至難の技でした。アレックス選手はバッティングセンスもよく、毎年20本塁打、3割前後をキープしていました。

 

 

残念だった助っ人編:

 

巨人(2003)

 

ダン•ミセリ選手

 

 4試合に登板し、防御率23.63

 広島との開幕戦、上原投手が8回までナイスピッチングでしたが、9回に抑えとして登板したミセリ投手がラロッカ選手と緒方選手にホームランを打たれ負けたシーンが印象的です。

 

 

 

巨人(2003)

 

クラス•レイサム選手

 

 彼の有名な事件といえば、アウトカウント勘違い事件です。ワンナウトランナー1.2塁でフライを捕球したレイサム選手は、何を思ったか、ファンにサービスでボールを投げ入れてしまいました。このプレーにより巨人は相手チームに同点を許してしまいました。

 しかし、私が大阪に住んでいるとき、たまたま見に行った京セラドームでの巨人戦で、レイサム選手がサヨナラホームランを打ってくれたので個人的には好きな選手です!

 

 

 

横浜(2003)

 

スティーブ•コックス選手

 

 2002年のオフに横浜が3年3億のとてつもない契約をコックス選手と結びました。その当時コックス選手はメジャーでも4番を打っておひ、20代後半でまだまだ伸び代のあるパワーヒッターという名目で期待大でした。

 しかし、春のキャンプで半月板を損傷してしまい、結果出場できた試合はなんと15試合だけ。放ったヒットはわずか10本。ヒット1本あたり3000万円という大きな大きな買い物をした横浜ベイスターズでした。。。

 

 

 

とりあえず今回はこんなところで!

 

また野球選手のまとめ、やっていきます!